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2009年1月22日 (木)

「クルマはいらないのか?」(田舎では)

 「クルマなんて持つ意味ない!」「クルマは金が掛かり過ぎっ!」と都会の若者は思っているそうです。S田も都会に住んでいたらこんな変態な(汗)自動車趣味には走らなかったハズです。(笑)
 S田が若い頃から都会暮らしであったなら、自動車より「居酒屋探究」のほうに熱を上げたのかも知れません。実際十何年か前に1年程沼津で単身赴任生活をしていた時には、沼津には車は持っていかず平日は飲み歩いていました。通勤時間は徒歩3分でしたで、こういう環境ならクルマは邪魔だって気持ちは良く分かります。

 でも、S田の自宅付近は鉄道駅迄クルマで10分程で、バスは事実上無いに等しいのです。(市運営の巡回バスのみ有り) もっと言えば、昔はバス路線があって車が無くても困らない程度にバスが走っていました。住民が何とかクルマが買えるようになって、バスに空席が目立つようになるとバス会社は減便そして路線廃止となります。
 そして更にクルマを持った田舎の住民達は、地元の商店の品揃えでは満足出来なくなって、地方都市の商店街やデパート&スーパーに出掛けるようになります。やっていけなくなった田舎の商店は店をたたまざるを得ません。

 S田の家の近所では、歩いて行けるような場所に「田舎のヨロズ屋さん」が一軒あるだけです。S田が小学生の頃はいろんな店がありましたけどね。

 こんな場所ではクルマが頼りです。S田家の周りは農家が殆んどですが、どのお宅にも普通トラックに軽トラック+運転者に各1台の乗用車ってパターンが普通で、1家に4~5台は当たり前です。農業でしこたま稼げて、お金が余ってるからではありません。必要に迫られてです。言わば田舎暮らしの必要経費であります。

 新聞やテレビ等マスコミの論調は、「もうクルマなんて無用?!」なんて聞こえたりしますが、都会もあれば田舎もあります。日本人、いや世界中の人がみんな都会で暮らしている訳ではありません。クルマを必要としている人々は世界中に大勢います。

 そこで今日のS田の提案は、「自動車メーカーさん!田舎の人向けのクルマを企画したらどうでしょう。」です。クルマなんていらない?って言ってる都会の人に無理して買わせるのは困難なんじゃありませんか?今後はもっとキビシイんじゃありませんか?
 だとしたら世界中の田舎住民市場に向けたクルマを出したらどうでしょう。既に各社の「アジアカー構想」的なクルマも存在してますが、もう少しベーシックでセンスの良いデザインで20年位生産し続けられるようなクルマです。コンセプトとしては「現代の2CV」みたいな…。(笑)

 2CVみたいな?って言うのは、ビミョーにズレてるような気もしますが、「後は各社さんの腕の見せ所」だと思うです。これからはラインナップの車種も減ってくるし、やたらと買換えって時代でも無いと思います。

 どちらにしても、これから出て来る新車は本当に楽しみです。既成概念を壊した面白いクルマがどんどん出て来ると思います。ただ、今年・来年あたりは「大当たり」に「大外れ」が混ざって発表されるでしょう。ハズしたメーカーはいよいよ苦境に追い込まれそうです。(中途半端でフツーもマズイですが…)

 いつもの「独断と偏見」の駄文でスミマセン。m(_ _)m

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コメント

静岡県東部の田舎町原住民です。

元々日本市場って100%田舎です(w

よって

今も昔も"いなかのとっつぁん"をなめてかかってはお商売はできません。

だから

べつに今まで通りでいいと思うのですが...突飛なモノは田舎では要りませんから。
普通の国産車で良いし、バスや電車が便利ならそれでいいし、趣味の人は勝手にやればいいと思います。
交通と人の生活の関わりは文化・民俗ですが、自動車単体では文化でもなんでもないですから、滅びようとどうしようとかまいません。

目的のための手段であり、目的が達成されるなら自らが滅んでも構わないという覚悟を決めた上で、不必要なアダバナも咲かせないと進歩しないのが自動車技術のヤヤコシイ所であると思います。
ある時点で完成された技術によるトラックと国民車でよければ旧東欧圏のありかたを全面肯定することになり、それではどうにもならないコトは証明されております。

ワタシも馬齢を重ね、そろそろクルマを降りてからのコトを考えなくてはならなくなりました。

さきゆきを考えると、コザカシク論ずる前に国産の小型車をフルオプションで新車で購入し、定期的に乗りかえ、動体視力が落ちたら免許返してタクシーってのが田舎では景気にも環境にもいちばんよいのかも知れません。つまりは"常識的"なのがよいということです。

さて、ワタシはどう覚悟を決めましょうかね...

投稿: 1sugi | 2009年1月22日 (木) 20時23分

最寄り駅が乗降客数世界一という特異な環境で暮らしています。趣味か商売でもなければクルマを所有する必要性はなく…。
それ故、単に実用でない部分でシトロエン、なんかを選んでしまうのかと。

投稿: マツモト | 2009年1月22日 (木) 21時19分

自分も若者のクルマ離れについての報道に違和感を感じてました。そもそも都会でクルマ要らないですもんね。
田舎では普通に必需品ですから…。
それにしても心ときめくクルマが最近なかなか無いですね。私ももう少しベーシックでセンスの良いクルマが
日本にも出てくる事を希望します。

投稿: モアイ | 2009年1月22日 (木) 21時56分

田舎グルマの代表格・2CVに乗り換えたわたしですが、使っていて、特に不便を感じたことはありません。室内もゆとりがあり、逆に仕事でフロントガラスの傾斜がきつい車に乗ると閉塞感を強く覚えます。

投稿: 南区のО | 2009年1月22日 (木) 22時32分

2cvは今後の自動車の将来にとって、とてもよい指標になるような気がします。
小さく、軽く、簡素に、ってのが未来を感じさせますよね。
あとは、60年前のテクノロジーじゃ無理だった、
「頑丈さ」を足せれば、
21世紀のスタンダードになれると思います。
タタ辺り、その方向で他社をリードして欲しいですね。

投稿: こまけん | 2009年1月22日 (木) 23時03分

1sugiさん

どうも筆力がないもので…。(汗)

>つまりは"常識的"なのがよいということです
これが正解なのは良く解っているのですが、残り少ない人生をクルマでも楽しんでしまおうと思っている馬鹿の独り言です。"常識的"の周りに気持ち良さや、美しさ(カッコ良さ?)をちょびっと振りまいて楽しさがあって欲しいと思うのです。
今の国産車はリビングルームにタイヤを付けたようなのばかりで、運転者は被害者のようです。
「私にも運転させてよ!」ってみんなが言い出すような自動車が増えるといいなって思います。(これも時代遅れですね。)

「クルマが夢」だった時代は既に終わっっていると思いますが、「クルマが居間」の時代では壊れない限り買い換える必要はなさそうですネ。

計画的陳腐化(いつかはクラウン)の作戦に頼っていた各メーカーはこれからどういう方向へ向かうのか、新世代のクルマに興味津々です。

投稿: S田 | 2009年1月23日 (金) 16時30分

マツモトさん

都会でクルマを維持する事の大変さ、お察しいたします。(笑)

都会のオーナー様は、変態車のりが増えていくのでしょうか?(汗)

投稿: S田 | 2009年1月23日 (金) 16時33分

モアイさん

>それにしても心ときめくクルマが最近なかなか無いですね
国ごとの個性もどんどん薄れていますね。例えば日本の部品メーカーのものを使う比率が高まると、味も醤油味が濃くなりますね。(笑)

どのメーカーも失敗を恐れるあまり個性のない新車ばかりになってます。それでは、いよいよ売れん!はずです。

投稿: S田 | 2009年1月23日 (金) 16時47分

南区のОさん

>使っていて、特に不便を感じたことはありません
2CV、余計なモノは何もありませんが、運転してるとナゼか楽しいですね。

いろんなモノをそぎ落とした現代の2CV(あくまでコンセプトのみ)のようなクルマを見てみたいです。

インドのタタから出てくるのは期待出来無さそう??(安いだけ)

投稿: S田 | 2009年1月23日 (金) 16時56分

こまけんさん

>小さく、軽く、簡素に、ってのが未来を感じさせますよね
大きく、重く、複雑に、なってますからね。年と共に。
これも付加価値を高めて高く売りたいメーカーの都合ではないでしょうか?

>タタ辺り、その方向で他社をリードして欲しい
うーーん、難しそうな気がしますがどうでしょう。
ジウジアーロあたりに、デザインコンセプトから応援してもらって、初代ゴルフや初代パンダみたいな感じを出せると良さそう!なんて外野で無責任に言ってみました。(笑)

投稿: S田 | 2009年1月23日 (金) 17時05分

タタ、今大変そうですが、
元祖「足るを知る」お土地柄ですから笑。
メーカーと市場で、リードして欲しい!

本命としてはスズキ辺り、どうでしょう。
アルト47万円スピリッツで。
実際、足るを知るカーをみんなに使ってもらう為には、
構造の弱い車ほど路上で優先されるような法整備と、
ハード的システム作りが必要でしょうか。
例えば、高速道路上は全車、中央制御されちゃうとか。

投稿: こまけん | 2009年1月23日 (金) 19時29分

>S田様

正解が解っていながらそのように出来ないのは非科学的で非生産的で進歩に貢献できないということです。ものづくりに貢献できない穀潰しであるということです。

楽しさを振りまこうと努力すればするほど疎んじられて孤立して、ともすれば身近な人にマイナスの思いをさせ、同病で相哀れむという現状が、不要不急の道楽であり社会貢献は一切出来ない物であり恥ずべき行為であります。

現代の日本において構造が単純な古い欧州小型車を維持するのには、最新の情報ネットワークや複雑な流通システムが必要であり、その煩雑さたるや、或る意味で同時期に生産が中止された国産キンキラ大衆車や、どうやら忌むべき存在であるらしい大きい豪華な新車を支えるシステム以上のものであるということも認識すべきでしょう。

それでもそこに、そのモノに拘るのは"自分個人の好みにあうから"という我侭です。妄執です。煩悩です。常識ある大人としては恥ずかしい事です。

そういった客観的な事実や立場の違う人の考えを冷静に認識しておかないといけない。

ミモフタモナイ醒めた見方が基本であり真実であると理解し、その上で「アナタの主張も権利も認めるが、ワタシはこれが好きなのだ。お互い社会的通念に反していないのだしとちらも合理性を欠かないのであるから、お互いの立場や好みは尊重してゆこうではないか」というのが"個性の尊重"であります。

そして、それこそがワタシがラテン系の小型車から学んだ事であります。

フランス車から学んだその精神を尊重し貫くためなら、クルマ全体を否定する覚悟はしてます。

そのうえで

恥ずかしげな照れをもって206に乗ってます。ポンコツVespaやらなにやらを手放せません。

いい歳して好きなんだからしょうがないのですよ(w


んで。


好きとはいえ素人なので


心はアマチュア腕はプロなアマチュアでいたいので


blog等ではクルマの話はしないように心がけております。

半可通より大野暮がいいし、ジャンルを問わず好きなことに関しては「うすっぺらなみぃはぁ」に徹したいし謙虚でいたいのです。


一生クルマ好きでいたいなら上記のようにしよう、と、ワタシは何年か前に覚悟を決めました。

S田さんはどうなさいますか?。いつかの機会にお知らせ下さいm(__)m。

投稿: 1sugi | 2009年1月23日 (金) 20時09分

こんばんは。たいへんご無沙汰しておりますm(__)m

これはもちろん日本の場合ですが、今までは自動車メーカーが(ある意味)素晴らしすぎて、現在ごく一部の都会を除いては、自家用車なくして日常生活がなりたたない社会構造ができあがってしまいましたね。
勿論物流トラックもないとダメです。

政治家さんも、やれ地元に広くてキレイな道路をって予算いっぱい確保して、そこへ業者もついてまわる。
そして“いい道路?”のあるところへ商業施設が集中しています。

けれど、人間トシをとればクルマ運転することなんてできなくなってしまいます。
現に今でも過疎地域などでは、通院や買い物などのための移動手段がなくて困っていらっしゃる方も多いでしょう。私も今は趣味としてクルマ所有してますが、いつかは運転できなくなるときがきます。
なのでやっぱり鉄道やバスや路面電車なんかが必要なのです。日本人の高齢化はどんどん進んでますから、今は片側3車線の道路に路面電車がメインで走るようになったり、田舎の細道にはマイクロバス以下サイズのコミュニティバスが活発に走る世の中になるのかなぁなんて思ってます。

いつまでも“運転”していたいのが本音ですけどねー。

・・・、ハナシ纏まってなくてごめんなさい。

投稿: 中埜実(亀井) | 2009年1月24日 (土) 02時41分

s田さん、こんばんは。

>都会の若者は思っているそうです

どうなんでしょうね?

単にクルマが欲しくなくなっただけじゃないですか?
私も以前欲しかったものが欲しくなくなることはしばしばありますけど、理由はよくわからないですね。表面上もっともらしい理由は付けますが、奥底ではそんな理由ではなさそうです。

評論家はいろいろ言っていますが、後知恵バイアスと思います。

一番大きな理由は、そういうトレンドにあるからじゃないですか?
みんながそうだから私もそうする。

投稿: savoy | 2009年1月24日 (土) 22時07分

あの、今週土曜日(31日)から名古屋のアウトガレリアルーチェさんで、「バブルカーの軌跡」と題して、メッサーシュミットやスマートジラソーレ、トヨタiQなどを展示しますよ。

わたしはその日、またまた名古屋出張…(^_^)b

投稿: 南区のО | 2009年1月25日 (日) 19時46分

こまけんさん

>本命としてはスズキ辺り、どうでしょう
地元ですから「スズキ」さんには期待したいです。(笑)
軽自動車の枠に縛られない「わーるど・ベーシックカー」にチャレンジして欲しいですね。世界で20年位生産し続けられるようなクルマ…、無理でしょうか?

>構造の弱い車ほど路上で優先されるような
優先されるか?隔離するか?
新しい考えのインフラに金がかかり過ぎると…。(汗)

投稿: S田 | 2009年1月26日 (月) 08時50分

1sugiさん

>S田さんはどうなさいますか?
私はこれからも相変わらずの「独断と偏見」のこのBlogで、クルマの事を、その時思っている事を記事にしていこうと思ってます。だって「シトロde遠すー」だから…。(笑)

クルマ趣味が、S田の周りの人達の迷惑にならないようには、これからも出来る限り気を使っていこうと思います。でも、これからもクルマを媒体にして新しい出会いがあるといいな!って思ってます。blogを公開するって事自体がとっても恥ずかしい事で、やめちゃいたいって思う事も度々です。でも、この「シトロde遠すー」や「CCM」のお陰で新しい友人も増えました。

S田がこのBlogで書いている事は、正論ではなくあくまで個人的な「思い」です。それに対して様々なコメントをいただける事は本当に嬉しい事であります。
S田が今、旧めのシトロエンに夢中な事、このBlogを書いている事、どちらもおバカな事なのは自覚しております。(汗)どちらかと言うと「バカなS田を笑ってやって下さい。」というスタンスです。還暦も近くなって、こんな事やってるのは救い様がありませんね。

1sugiさんの仰っている事。良く分かっているつもりです。「恥」の意味も。

これからもこのBlogでは「恥も外聞もなく」今迄通りの調子で続けていきたいと思ってますので、1sugiさんも今迄通りにツッコンで下さいませ。

お返事になっていないかな?(汗笑)

投稿: S田 | 2009年1月26日 (月) 09時29分

中埜さん

こちらこそご無沙汰です。

>人間トシをとればクルマ運転することなんてできなくなってしまいます
そうです、切実に感じています。嫁とは自宅を出て、便利の良いところへの「引っ越し」を真面目に話し合っています。そうしたらクルマなんて持てないし、必要もなくなりますね。
クルマ趣味を謳歌出来るのは「後何年?」って思います。(笑)

投稿: S田 | 2009年1月26日 (月) 09時35分

savoyさん

>みんながそうだから私もそうする
そうかも知れませんね。でも、それが一番メーカー側からすると怖いのかも?

何となく「みんなが持っていたから…」だったのが。

みんなが欲しくなるモノを創るって事は、難しいですから。

投稿: S田 | 2009年1月26日 (月) 09時40分

南区のОさん

>バブルカー
いいなあ!
これからは、時代が応援してくれそうです。

名古屋で又とまらないよう、祈ってます。(汗)

投稿: S田 | 2009年1月26日 (月) 09時48分

>s田様

ぐてぐてと失礼いたしましたm(__)m。

のりもの全般については、ワタシも「業が深い」のです(w

コムズカシク言えば色々とありますし、思いはそれぞれありますが、正論も反対意見もわきまえた上で、「好きだものでやめらんなくって(^^ゞ」ってイイカンジのテレワライが出来る爺ぃで居たいです(^^)。

投稿: 1sugi | 2009年1月28日 (水) 22時08分

1sugiさん

>ぐてぐてと失礼いたしましたm(__)m
いえいえ、いろんな御意見をお聞かせいただけるほうが嬉しいです。これからもヨロシクです。

>「好きだものでやめらんなくって(^^ゞ」ってイイカンジのテレワライが…
そうです。「あの爺さん、好きだなあ?!」って呆れられるようになりたいものです。(笑)

投稿: S田 | 2009年1月29日 (木) 18時29分

おひさしぶりです。最近の若者の車離れですか。ずばり、魅力的な車がない(少ない)ことと、若者が車にかけるお金がないことが原因だと思います。昔は車産業界も遊びの文化があったと思いますが、最近では合理化、燃費中心で、より安く、便利さが追求されています。そのためコスト削減が優先され、車の魅力が半減してはいないでしょうか。シトロエンはこの部分が残っていて、ピカソのスタイルはいつみても魅力的ですね。車のおもしろさが今の若者にわからないのは不幸だと思います。あと、都会だと駐車場が少ないので置き場所に困るのでかえって邪魔になるかもしれませんね。電車が発達していて交通手段がほとんど困りませんものね。学生時代に都会にいた頃はほとんど車の必要性を感じませんでした。それでも友達のノウズの長いフェアレディーはかっこよかったな。

投稿: N.T. | 2009年2月 6日 (金) 08時51分

もう少し書かせてください。なるほど確かにいろんな形の車が売られております。しかし、ちまたに溢れる車はどれも金太郎アメを切ったように同じような車ばかり。プリウスなんか、エンジンかけても全然応えてくれずのそのそ動き出します(あたりまえか)。エンジンかけた時のブルルンという音は相棒が挨拶しているよう。椅子に座って、ステアリングを触った時、ちょうどいい大きさ、太さ、きったときの力加減(適切なあそび)がマッチした時また親近感がわきます。ピカソのステアリングが気に入っています。まだ他に社会的な背景も原因になっているのでしょうかね。

投稿: 高野 信彦 | 2009年2月 6日 (金) 10時08分

N.Tさん

この話題では自分もいろいろ考えてみたのですが、若者がクルマにお金を出そうと思わなくなってるですね。一つの理由は、大人が(社会が)楽しそうにクルマに乗ってないのでは?と思うようになりました。
もっと言えばクルマが悪者になってしまって、社会の中で肩身の狭い存在になっていると思います。
メーカーにも責任はあるのかも知れませんが、日本の産業の稼ぎ頭である自動車というモノにあまりに冷たい環境だったのでは…。

きっと役には立たないと思いますが、私は「クルマって楽しいものだ!」っていうスタイルを発信していけたらと思ってます。

投稿: S田 | 2009年2月 6日 (金) 17時33分

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